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日大アメフト宮川選手会見「追い詰められた」発言の背景を思う

日大アメフト部の宮川選手が記者会見を開き、1時間にわたり自分の意見を話しました。

関学側からは「勇気がある」と評価されましたが、20歳の大学生が日本全国に対して「もうアメフトをする権利はない」とい言い切った姿を見て、心が痛くなったスポーツファンも多いでしょう。

少年サッカーを指導する僕としては、この会見を見て「何かが違う」と感じました。

追い詰められた発言の背景とは

宮川選手は日本代表として選抜されていましたが、内田監督から「今のプレーでは代表に行く資格がない、いくな」と言われていたようです。

代表チームには所属する監督や代表の許可が必要なことは、サッカーでも同じことです。

宮川選手は日大でのプレーはさることながら、代表チームでのプレーを夢見ていたことでしょう。日大でプレーしているからころ得られた切符なので宮川選手が「いくな!」と言われれば、どうにかして行きたいと思う気持ちはわかります。

井上コーチから「相手QBを秋の大会に出られないよう潰せ、定期戦が無くなってもいい」と言われたと言っていました。

相手を潰せということと「秋の大会に出られなければウチが得する」と言葉をつなげたことが問題だと考えます。

サッカーでもアメフトでも相手のプレーを封じる意味合いの言葉は使います。

しかし、目の前の試合でのプレーを封じる意味合い、プレッシャーをきつくすることはあっても、数カ月後もプレー出来ないほど痛めてしまえ!という言葉は僕は想像がつきません。

宮川選手を追い詰めた背景とは

  • 日本代表への練習参加
  • 代表チームに出続けるためにはスタメンに定着すること
  • スタメンに定着するためには監督コーチの意見に従うこと

ではないでしょうか。

関学QBを潰せ!という指示よりも、宮川のアメフト人生のためにやるべきことは唯一つだという指示の方が辛かったのではないかと考えます。

宮川選手の勇気を称える声があるけれど

関学側、被害者側は宮川選手が公の場で事実を話してくれたことについて評価していました。

宮川選手は勇気がある。ありがとう。

ここで考えなければいけないことがあります。

僕は小学生にサッカーを指導しています。子供たちや保護者に「サッカーを通して人格形成をはかりましょう」と言います。

人格形成とは、努力することや、簡単に諦めないことや、サッカーを通して人間として成長することを意味します。

同時に、人への接し方も学びます。挨拶から始まり、相手を敬うことです。

相手チームがいなければサッカーは出来ませんし、審判がいなければ試合が始まりません。

いろんな意味で「リスペクト」が大事だと教わります。

リスペクトの大事さは、試合に出るという環境で体験します。
僕たちコーチは子どもたち全員に試合を経験させたいと努力します。

負けていい試合はないので、立ち上がりからガンガン行けなどとコーチングしますが
相手を痛めつけろという指示はしません。

しかし、サッカーの試合では「相手を削る」という言葉があり、コーチや選手によっては、ボールを奪いに行く時に相手の足をめがけてタックルするという意味合いを持つことがあります。

宮川選手に出された「潰せ」という指示と似ています。

相手を傷つけることなく相手にプレッシャーを与えるという考え方に立たなければ相手にダメージを与えることを考えるようになってしまいます。

野球やバレーボールなどは相手とぶつかり合うことがないので、サッカーやアメリカンフットボールとは同じ土台でないと考えます。

サッカーワールドカップが近づいていますが、ボールを巡ってゴールを争う試合は「格闘技」と言われています。

アメリカンフットボールも格闘技と言われる球技です。

格闘技は何をしてもいいのか?

いや、違います。

ボクシングでは、相手がダウンしている時に攻撃をすることは出来ません。

格闘技にも「ルール」があります。

しかし、今回の日大の違法タックル騒動は、ルール度外視です。

監督にもコーチにもルールがありません。

そして、ルールが見えなくなってしまった宮川選手を作り上げた日大や高校時代の環境にも問題があります。

ルールが見えなくなってしまった宮川選手にも当然責任はあります。
宮川選手はその責任に気づき、会見を開きました。

気づくことが大切なことです。

宮川選手の気づきが遅くなってしまった原因とはなにか、その背景に高校時代や小中学年代のスポーツ環境に問題はないのか。

僕は指導者として子どもたちの未来を預かる立場として「自分で判断すること」の大切さをいろんな意味で実感しました。

 

 

 

 

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